R.I.P.



砧公園の南側にある駐車場にクルマを駐め、公園の中を通り、北側にある美術館へ、のんびり歩いてく。
静かに降る細い雨、吐く息が白く舞う冷たい空気、人影ほとんどない公園。

「奈良原一高のスペイン ー約束の旅」
世田谷美術館の企画展。

ウィークデイの午後、美術館をゆっくりと観てまわる。
パンプローナ、グラナダ、マラガなどスペインを中心とした氏がヨーロッパに滞在していた時期に撮った写真展。
そこは、僕が生まれる以前のスペインだった。

雨の午後、美術館を後に、ふたたび公園を歩く。
人影まばらに彩度をなくした風景、動くものはなにもない。
近くにある東名高速道路のノイズをディフューズするように雨が降っていた。

R.I.P.
この企画展の会期中に亡くなられた、奈良原一高氏のご冥福を祈ろう。

Photoville

マンハッタン・ブリッジとブルックリン・ブリッジに挟まれたDUMBO地区。
この10年くらいのあいだに一気に再開発が進んで、なんか妙にスタイリッシュなエリアになった。
以前このエリアによく訪れていた頃は、それなりに緊張するムードだったし、得体の知れない変なヤツらも多かった。
それなりにヤバそうなヤツも多かったけど、それと同じくらいアーティストやクリエイター達がいて、この界隈の古いビルは小さなアトリエやスタジオがぎっしりと詰まって、そのままマルっとアーティスト・ビルディングの様相をテイしていて、大きなエネルギィに満ちていた。

それがいまや、二つの橋に挟まれたエリアを中心に、ブルックリン・ブリッジ・パークとして綺麗に整備され、レストランやアパートメントが大量にデヴェロップされ、レントは上がり、芝生には日光浴しながらまったりしたり、子供達が嬌声をあげながらメリー・ゴーラウンドでぐるぐるまわってる。
いやはや、光陰矢の如し、時は流れるもんだ。

このフォト・イヴェントのことを知ったのは、たまたま偶然。
先日、9/11の “Tribute in Light” を観るために久々にこの地を訪れた時、このイヴェントの設営と告知がされていたの見たからだった。

その時に気になって訪れた「Photoville」なのだけど、ブルックリン・ブリッジのたもと、というか真下。
無数の貨物コンテナを積み上げた会場スペース。
各個コンテナそれぞれが、エキシビション・スペースになっていて、各フォトグラファ/団体のスタイルを反映したディスプレイになっていて、完全なソロのイメージを表現できるようになってる。
うまいもんだ。

ディスプレイされているのは、ドキュメンタリィや2017年現在のイシューを扱ったフォトグラファの作品が比較的多い。
他にはコンセプチュアル的なものや、アメリカン・ミリタリィのパブリシティ的なもの、ニューヨークにある各アートカレッジの卒業制作的なものなどなど。。
この街ならではのダイバーシティーに沿ったセレクションになっている、といっていいのかも。
選ばれているフォトグラファ達の意思とは関係なく、現代の商業的な意味からのバラエティになっているような気がした。

いかにもアメリカ的だし、それを否定する気もない。
多数のスポンサーがいる以上、それらを納得させるだけのコンセプトとミッションは必要だろう。
そう思うのは、僕の目がゆがんでいるからなのかもしれないけど・・・

蒸し暑いヘイジーな午後、川縁の芝生には逝く夏を惜しむように日光浴に戯れるカップル、子供達の嬌声を横目に、携帯電話に意識を集中するお母さんらしき人々。

このエリア、実際、本当に安全になったんだろう。

Art + Commerce : The Exhibition






Art + Commerce
ニューヨーク、というか、世界の広告写真に関わる人達に、知らない人はいないんじゃないかと思われるビック・エージェンシィ。
アート・アンド・コマースのエキシビション。再開発がプッシュされているハドソンヤードの近くのギャラリィというのも、ホットでヒップなのか、まぁ、ニューヨークぽいというのか?

現役のクリエイター、今はもういないスター・プレイヤー達のアーカイヴ写真、ディジタル・サイネージにムーヴィー、現代ファッション・アドバタイジングの要素をあまねく網羅したディスプレイは、ともすれば散漫さを感じさせてはいるけれど、誰かの個展としてではなく、エージェントのプロモーションに重点を置いたプレゼンテイションとしては、きちんとファンクションしている。
それはメジャー・エージェンシィならではのもの。

もうずいぶん昔のハナシになるけど、このエージェンシィのマネジャーに時間をもらって意見をもらったことがある。
その時のマネジャーのコメントを僕なりに解釈して前に進んだ。
それが良かったのか、そうではないのか、いまになっても自分では判断つかない。
相手をうまくフォローする言葉を最後に添える、いかにもアメリカ人的な話法だったのかも、と思うこともある。
たとえそうだったとしても、当時自分が望んでいた方向とマッチしていたのも事実だった。

そんな過去のイキサツを考えながら、広いギャラリィをゆっくり見て回る。
ファッション/広告に興味のあるヒトなら、あ、これ知ってる、これも。
そんなキラ星のような写真たち。
観に来ているのは、いかにもなファッショニスタにデザイナーらしきヒト達。フォトグラファ、その予備軍らしき学生達。

Glenn O’Brien(2017年の春に鬼籍入。)
エディターであり、オーサーであり、クリエイテヴ・ディレクターだったり。
ニューヨーク・ファッションのオーソリティだった彼のメッセイヂが、このエキシビションを観に来た誰からの目にもとまるように  “ディスプレイ” されていた。
このあたりのセンス、いかにもアート・アンド・コマース的なバランス感覚なんじゃないかな。